名前:トモ 投稿日:2009-09-25
投稿日:2009/05/22 投稿者:トモ
18の時に父親を肺癌で亡くした。
15の時に、今の両親から「お前には本当の父親がいる」と言われた。俺は三人兄弟。8歳離れた姉と7歳離れた姉がいる。母親は子供二人を育ててる時に、ギャンブルにハマってく父親に愛想つかし不倫をしていたらしい。
で、そいつとの間に出来た子が俺。
父親も息子が欲しかったらしく、自分の子じゃなくてもいいから産めと言った。
それから家族とは少しずつ距離ができていった。
高3になってから、母親から父親が病院に入院してる事を聞いた。
病室も病状も聞いた。どんな顔して会いに行ったらいいか分からない。
そう悩みながらも彼女が背を押してくれて顔を合わせる事ができた。
この上ないくらいの緊張に襲われた。
で、顔を合わせた瞬間「とものりじゃないか」と言われた。
驚いた。18年会ってなくても分かるもんなのかと。
結局この日は終始敬語。木村さんとしか呼んでない。話題も覚えてない。
SPONSORED LINK
でも、何回か合ううちに敬語はなくなり、笑いも入るようになった。だけど父さんとは呼べなかった。学校終わって病室行ってバイトして…
こんな日々を過ごしていたが、冬頃に容体が悪化した。
すぐに落ち着いたが、それからは衰弱してく姿が手にとるように分かった。
「俺は長くないと思うけど最後まで好き勝手生きてやる」と言ってタバコはやめなかった。吸ってる姿を見て喫煙を隠してた俺もついつい吸ってしまった時、「そのタバコで最後にしてくれ。それか吸う本数を何年かかってもいいから減らす努力をしてほしい。」と言われた。
今は全く吸ってない。
衰弱する中、毎回父さんと呼ぶ努力をしたが呼べなかった。病室に入る前に何度も呼ぶ練習するのに。
で、俺が免許の合宿に行ってる間あっけなく亡くなった。息子らしいこと一つもしてない。父さんとも呼べてない。
悔しすぎて涙が一日止まらなかった。
通夜が終わり、落ち着いた頃に母親が写真を持ってきた。
そこには全部俺。体育祭や部活、バンドの姿…でもカメラ目線が一枚もない。
父さんは、必ず行事事には来ていたらしい。
だから初対面の日すぐに俺が分かったのか。
そんな中一枚だけツーショット写真があった。裏を見ると、
「初めてのプレゼント」と書かれていた。
俺が1歳の時に父さんに抱っこされて、野草を渡してる写真。それを押し花みたいにして取ってあるし。
それを泣きながら棺にいれた。
それから三年。俺の左胸にはその野草のタトゥーが入ってる。
