名前:ピコ 投稿日:2015-07-21
俺は中学の頃から自我が強くなり、
自分のしてきた事があたかも正しいと勘違いをし、
世に言われる不良と言われる部類に属していた。
そんな俺にも影響されてか、
弟も悪い連中と付き合うようになり三兄弟の一番上を残し俺、
弟は自分の好きなように勝手に生きてきた。
親が俺や弟を諌めたり、
叱ったりとはなかったけどただ一つ言った言葉があった…
『人に迷惑をかけるな』
ある日、弟が中学1年、俺が中学3年の夏前に弟の担任と校長と学年主任が家のチャイムを鳴らした。
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母が出たのだけど、険悪なムードに包まれていて 俺は興味本位に学校をサボってる友達達と家に溜まってた事もあり聞き耳を立てていた。先生達「おたくの祐輔さん、学校は来られないんですかね?」
母「どうなんでしょうね?私も、学校に行きなさい!とか強制はしてないので。」
ここまで聞いてると母の親としての尊厳は?となるであろう…
次の先生達の言葉に母は豹変する。
先生「おたくの祐輔さんの影響なのか、悪い生徒も学校を遅刻します、家庭環境の問題なのでしょうか?」
母「悪い?あなた達は何を定義して悪いと決めてるんですか?ああ…そうですか…うちの子は、もう学校には行かせませんから!」
先生「いえ!そうじゃないんです!ですから」
母「お引き取り下さい」
渋々、先生達は家を後にした。
それから、母は弟に
「ゆうー!お前の金髪がダメなんか?タバコか?どうでもいいけど お前は人に影響されてしてるんか?どうなん?」
弟「いやぁ…別にそんなんじゃないけど…俺、学校行かないわ!」
母「好きにせい!あんな子供の事も理解出来ん先生なんか初めて見たわ!」
と例外中も例外な母だった。
俺はと言うと中学を卒業し、就職するという道を選んで仕事をしてた。
そうなると学校という枷から外れたのか中学からの友達とボウソウゾクなるモノに明け暮れる毎日になっていた。
そうすると先生から警察に指導者が変わるのだが、
1回、2回と捕まると保護観察だの鑑別所だの色々処分をくだされる時に3回目に捕まった。
そして家庭裁判所へと送致された。
母と対面し、俺に一言
「人に迷惑をかけるな!お母も人だで?例外はないんだで?」
俺は
「うん…」
と一言しか言えなかった…
裁判は後半になり、俺が事件を起こす動機やら原因について裁判長が話してる時にあるフレーズに母がブチ切れる…
裁判長「あなたは人に影響されて犯罪を起こす傾向があります。例えば友達、後輩、先輩、上司や部下、親や子と影響される環境から自分から離れないとね?」
すると凄い剣幕で母が立ち上がり
「ちょっと!!!親や子!?どうやって離れる事が出来んのや?親と子とは切っても切られん関係じゃないんか?どんだけお偉いさんでも分かるだろ!?」
俺は確実に少年院に入ると肩を下ろし、
呆然と母を見る事しか出来なかった…
裁判長も呆気に取られたのか目を開き、
今の状況が掴めないと言うような空気だった。
母は追い討ちをかけるように
「それを言っちゃあ、ダメだろ!!!!」
と言い放つと裁判長は
「相応しくない言葉でした…すみませんでした…」
と言うとすぐに判決が出た。
裁判長「不処分!」
・・・
そんな母が死ぬ前に弟と俺の事を思い出話にこんな事あったなって話してた。
母の言葉が身に染みて今でも忘れられない…
『親ってのはな、子がどんなにボロでも、間違ってても守ってやらんといけんのよ…お前とゆうも色々、遠回りしてるけど、いつかな…いつか親孝行出来るようにな…』
俺は父親を知らない母子家庭で育ち、好き勝手気ままに暮らしてる中でも、
家族を重んじて暮らしてた事を母が居たからと再認識した。
親が子を思うってのは世間体でも何かに型をはめる事ではなく、
ただ愛する事で子が
『人に迷惑をかけない』
