まあ当然だろう、と俺は気合を入れてオヤジさんと話し始めた。
「はじめまして。大塚と申します」
「話は聞いてる。認めない」
呆気にとられた。
「私たち夫婦に残されたのはこの娘だけだ。この娘までとられたらこの先、
私たちの面倒は誰が見る?」
俺はめげない。
「私が婿入りしないとしても、それはお義父さんたちの世話をしないという
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ことではありません。ただ一緒に暮らせないというだけであって、お義父さんたちから彼女を奪うつもりはないのです。
私を家族として認めていただきたいのです」
ここまで理路整然と話ができたかはおぼえていない。
オヤジさんは聞く耳を持ってくれなかった。
「家族になりたかったら、戸籍上でも正式になりなさい」
太田のお父さんのことが頭に浮かんだ。
血のつながりや戸籍についての考え方、それは人によってこうまで違うもの
なのか。そんなことを考えたり聞いたりしたことがなかった人生だった
俺だから、二の句が出てこなかった。
情けないが彼女に目を向けた。ヘルプミーだった。
しかし彼女はずっと目を伏せたまま、とうとう最後まで一言も口を開くこと
はなかった。
11 名前:1 ◆SemWiFNIUE [] 投稿日:2005/11/11(金) 18:43:00
とりあえず、また今度お伺いしますと辞去した。彼女が車で送ってくれた。
車中は静かなものだった。俺は戸惑いやら怒りやらで混乱した頭を押さえ
つけ、精一杯、虚勢をはった。
「まあ、時間をかけてがんばる…か!」
その俺の言葉も彼女は聞いていないかのように、ポツリと言った。
「無理かも…」
俺は爆発した。
「なんでだよ!?まだ一回目だぞ!ふたりでがんばろうって言っただ!?」
彼女はすっかり怖気づいていた。すぐに冷静さを取り戻した俺は、やんわり
と、なだめすかしながら、しかし結論も出せずにこの日は彼女と別れた。
翌日は彼女とのデートだった。うまく事がすすんでいたら、本当は俺の両親
(もちろん太田のお父さんも含め)に挨拶に行くはずだった日。
甘かったな~と苦笑しつつ、彼女との待ち合わせ場所である喫茶店へと
入る。いつもの席に彼女がいた。
彼女はいつもと変わらなかった。俺もいつもと変わらないように装った。
俺のバカ話にケタケタと笑う彼女に安心し、昨日の話を切り出した。
「昨日は情けない終わり方になっちゃってごめん。甘かったよ俺」
下げた頭を戻すと彼女の強張った顔があった。…ん?なんだ??
話を続けた。
「早いうちにリベンジしたいから、お義父さんたちの都合を確認しといてく
れるかい?」
「うん。わかった」
彼女の顔がいつもの顔に戻った。また安心した。
「ゆっくりと、時間をかけてがんばろうな」
むしろ自分に言い聞かせるように言った。
そして彼女に会ったのはこれが最後になった。
12 名前:1 ◆SemWiFNIUE [] 投稿日:2005/11/11(金) 18:44:51
オヤジさんたちの予定を確認するため、俺は何度も彼女に電話をした。
仕事が忙しくもあったので、直接彼女に会えなかったからだ。
しかしいつ聞いても、都合が悪いらしい、の一言だけ。
オヤジさんは観光バスの運転手だったから、そりゃ仕方ないかと始めのうち
は納得してた。しかし3週間、4週間先の予定を聞いても同じ返事が返ってくる。
ああ…まだ彼女は怖気づいているんだな、と感じ、俺は少し彼女に時間を
与えようと思った。その話が終わると、電話口の彼女の声はうってかわって
明るくなった。
次のデートはあそこに行こうよ、ホワイトデー期待してるゾ、etc.etc…。
ちょっとムッとした。
そんな目先の楽しみで誤魔化したって仕方ないんだぞ。優先すべきことから
逃げるなよ、と。
今度いつ会える?と聞いてきた彼女に、俺は仕事を理由に
「ちょっとしばらく難しいな~」
などと意地悪をした。会えないほどの忙しさではなかったけれど、彼女が
オヤジさんたちの都合を取り付けてくるまで会うまい、と俺は決めてしまった。
…今思うと、なんて度量の小さいヤツなんだ俺は。