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キキは体の一部でした

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名前:キキたん 投稿日:2018-10-07

私は25歳で結婚しました。
その半年後、嫁が「近所のペットショップにめっちゃかわいい猫が…」
そこに行ってみると「もらってください!」って書いてあるカゴの中に真っ黒な子猫が3匹いました。
男の子2匹、女の子1匹でした。
嫁と話して女の子をもらいました。
生後一か月ぐらいで、片手の掌にのる大きさでとても可愛かったです。
嫁がキキと名付けて、二人でとても可愛がりました。
不思議なことに新婚時からよく夫婦ゲンカしてたのがキキが家に来てからピタッと無くなりました。
4、5ヶ月後キキの初めての発情期、動物病院に連れて行き避妊してもらいました。
のちにこのことが私を苦しめることになるとわ思いませんでした。

結婚後5年子供ができず嫁が病院で検査しても異状なしだったので私が次に病院で検査しました。
すると先天性(生まれつき)の無精子症と診断されました。
精子のもとになる核細胞がどこにもない状態でした。

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自分の子供が100%できないことがわかりとてもショックでふさぎ込んで引きこもりがちになりました。
その時、子孫を残せない私が子孫を残せるキキに避妊させたことをものすごく後悔しました。
嫁がいない時にキキに泣いて謝りました。
ペットを飼う以上、去勢・避妊は飼い主の義務と思っていましたがそれよりもキキの子孫の未来を私が断ち切ってしまったことが許せなくなり自分で自分を責めました。
もう、この世から消えて無くなりたい。
自殺じゃなくて生まれてきたこと 育った経緯 現在に至るまでの記憶、記録をすべて無しにしたいと思っていました。
嫁にも人生をめちゃくちゃにして申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
キキにとんでもないことをしたと思いつつも、そのキキが私の足の上で丸くなって寝ている姿を見るとものすごく癒されました。
あんなに酷いことをしたのに癒してくれるキキたんに感謝の毎日でした。
でも、嫁やキキにたいしての罪悪感やまわりからの心無い言葉で悩みすぎて人間的におかしくなるのが自分でもわかりました。
このままだと嫁をもっと不幸にしそうな気がしたので、ある日 嫁に離婚を申し出ました。
いろいろ話し合った結果 離婚することになりました。
この結論に至るまで10年(私41歳 嫁38歳)かかりました。
時間がかかりすぎたことは、今でも申し訳なく思っています。

それからキキと私の二人暮らしが始まりました。
いってらっしゃいとおかえりは必ず玄関先まで来てくれるし、家の中ではいつも私の横にくっついていました。
トイレもついてくるし お風呂の時も脱衣所で座って待つし 仕事で出張から帰ると「どこ行ってたん?また行くの?なーなー」っと言っていたかはわかりませんが、すごい勢いで喋りかけてきてました。
それがおもしろくて、出張から帰るときはキキに会うのがいつも楽しみでした。

今年、二人暮らしが8年目に突入しました。
私49歳、キキたん23歳、キキを人間に例えると110歳になるそうで、前に動物病院の先生に「長生きの秘訣は外に出ないのも理由の一つかも」っと言われました。
もともとマンションで飼い始めたので外には出さないようにしていました。
なので、大人になっても外を怖がっていました。
とうとう私の人生の中で家族よりもキキが一番長く同居したことになりました。
ペットじゃなくて家族と言う人がいますが、私の場合は体の一部でした。
キキと言う部位が体にあるような感じでした。

以前キキが『猫タワー』の最上階から寝ぼけて、背中から床におちてしまいました。
びっくりしてキキを抱きかかえて「猫なのになんで背中から?」と笑いながら顔を見ると、『なんかあったの?』的な表情でボーっとしていました。
「まだ、寝ぼけてんのかい」とツッコミいれてさらに大笑い!
そのころはまだキキとお別れするときがくるとは思いもしませんでした。

5月の末頃に寝室で寝ていると廊下からバタバタバタっと大きな音がして慌てて見に行くとキキがひきつけをおこして暴れていました。
突然のことだったのでキキを抱きしめて「キキー、キキー」と叫んでいました。
5分程ひきつけをおこしたあと、ゼーゼーゼーと息苦しそうに呼吸していました。
動物病院に連れて行こうと思いましたが、昔から病院が大、大、大嫌いで 豹変どころか怪獣になるので諦めました。
ネットで調べたところ 腎不全や心臓病など似た症状はありましたがどれも食欲が無くなると書いてありました。
でも、発作がおさまると何事も無かったようにモリモリとご飯をたべていたので ちょっと違うなぁと思いながらとりあえずタオルで体を拭いたりして様子をみていました。
それから、5,6時間後また発作が始まりました。
バタバタを5分程したあとゼーゼーが約10分、その間 私はタオルでキキの体を拭きながら
「苦しいなー、キキー、がんばれー」
「こんなことしかしてやれなくてゴメンなー」
と泣きながら言っていました。
発作中はかなり苦しそうでした。
よだれがたれていたので拭こうとして口もとにティッシュを近付けたときに手をガブッと強い力で噛んで離しませんでした。
牙が指にくい込んで激痛だったので反対の指を口の中に突っ込んでむりやり開けさせて外しました。
指の出血を拭きながらキキの口を見てみると今度はキキの舌が下あごの牙に貫通していました。
慌ててキキの顔とあごを両手で固定して出血している指でキキの舌を牙から外しました。
ゼーゼーしているキキの顔が自分のよだれと私の血でベトベトになっていたので、濡れタオルで綺麗に拭きました。
指の激痛と、いよいよお別れのときがきたという悲しさで涙がとまりませんでした。

それから5時間後にまた発作、次の日は3、4時間おきに出るようになり間隔が短くなっていきました。
元嫁に連絡してキキの症状を伝えると会いに来てくれました。
仕事で3日間の出張の時も快くキキの世話を引き受けてくれました。

発作の間隔が1時間おきになってきて、体もどんどん衰弱していきました。
発作中も失禁するようになり、仕事から帰るとまず廊下を掃除をして体を綺麗に拭く作業が日課になっていきました。
当然、夜中も発作が出るので起きて世話をしました。
仕事の疲れと寝不足とお別れの悲しさで私の方が食欲をなくしていきました。
でも、キキの食欲は相変わらずで普通の時はモリモリと食べていました。
覚悟を決めてネットでペット火葬の事などを調べましたが、ご飯を食べているキキを見て もしかしたら元気になるかもと思いました。
すると、1時間おきの発作が2時間おきになり 3時間おき 5時間おきとなってとうとう発作がなくなりました。
心からよかったと胸をなでおろし、キキの生命力の凄さに敬服しました。
「あんた凄いなー」と言いながら私の胸の上で寝ていたキキの頭をなでました。
目を閉じて気持ち良さそうにしている顔を見て私も癒されました。

それから2,3ヶ月は何もなく過ごしましたが、お盆が過ぎた頃にまた発作が発症しました。
今度は1日に3回程度でしたが発作の時間が(バタバタ10分、ゼーゼー20分)長くなりました。
発作の後は疲れ切った様子で、ぐったりしていました。
そして、食欲も無くなったようでご飯もあまり食べなくなり日に日にヨボヨボ感が増していきました。
やはり仕事から帰ると、廊下じゅうに糞尿をまき散らしていたので 廊下の雑巾がけとキキの体拭きがまた日課になっていきました。
そんな状態いが3週間以上続くとキキもより一層衰弱してしまい殆ど動かなくなっていきました。
キキ専用ベッドに寝かせてずっと撫でていました。
「キキ、とうとう逝くんかー」
「よう頑張ったなー」
「今までほんまにありがとうなー」
「なんにもしてあげんでごめんなー」
「キキ愛してるー」
そして、
「キキの子供の未来を奪ってほんまにごめんなー」
「子孫を残せん俺がキキの子孫を潰してほんまにごめんなー」
号泣しながら、そんな言葉が自然に出てきました。
今でも私の頭の中は、自分に子孫が残せない事 キキの子孫の未来を奪った事 元嫁の人生をめちゃめちゃにした事がグルグル回っています。
それでも、丸くなって寝ているキキを撫でると少し気持ちが楽になり、
「今までいっぱい癒してくれてありがとなー」

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