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伝えることに臆病にならないで

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名前:ふうか 投稿日:2015-12-25

これは、ある団体活動の主張者として全国ライブで話をさせてもらった内容です。
本当に大切なことだと思うからこそ、この場でも書かせていただきます。
主張の原稿とは少し異なった書き方をしますが、ご了承ください。

皆さんは、誰かに自分の思いを伝えることは好きですか?
私はすごく嫌いで、苦手です。
私が小学3年生の頃、お母さんとお姉ちゃんが私の目の前で、物を投げ合うほどの激しい喧嘩をしました。
二人とも『大嫌い』や『出ていけ!』、そんな感じの言葉をも投げかけあっていて、それを見た時すごくショックでした。
今思えば頭に血が上っていたのだから、心にもないことを言っていたんでしょうけど、あの頃はそれがお互いの本音だと思ったのです。
そして、お互い傷つけあうくらいなら本音なんて言わなければいいと思い、私は誰にも本音を言わなくなりました。
本音を言わなくなった私は次第に作り笑いや嘘泣き等を覚えていきました。
それから私は、誰にでも笑い、怒り、泣く。ロボットのような『仮面を付けた私は』を生み出したのです。
つまり、私は二重人格になってしまったみたいなのです。
その証拠は二つほどあります。

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一つはその頃からの記憶が断片的にしかないこと。
いつだったか、友達に「小学生の時ってどんな話してたん?」と聞かれました。
思い出そうとしても思い出せませんでした。
勿論残っている記憶もありますが、何故だか嫌な思い出しかなかったのです。
お父さんとお母さんの喧嘩。
お母さんとお姉ちゃんの喧嘩。
友達と友達の喧嘩。
楽しかった思い出はあまり出てきませんでした。
その時は「えぇー?覚えてへんわー。」と言葉を濁して笑いで収めましたが、私は自分自身が気持ち悪くなりました。
もう一つは日記です。
日記については後ほど書きます。

たった一つ、どうしても忘れられない言葉があります。
どうやら『仮面の私』は優等生で誰の言うこともキチンと聞くタイプだったようです。
要するに、大人が作ったレールの上を歩く心配する必要のない子だったのです。
だから周りは口を揃えて私に言いました。
『あなたは心配ないね。大丈夫だね。』
言われた時はあははー、仮面を外した私も笑っていましたが、一人になると気持ち悪さや悲しみが溢れてきました。
『誰も本当の私を知らない。でも、本当の私って誰?家族も友達も自分自身さえも信じられない。この先どうしたらいいの?』
私はますます現実逃避して行くばかりでした。

高校生になったある日ことでした。
少しでも私自身でありたいと願ったことから中学生の頃からつけ始めていた日記を広げました。
そして驚きました。
それまで書いてあったページは破られなくなっていて、私の字なのに書いた覚えのないページが出てきたのです。
そこにはこう書かれていました。
『人の不幸は蜜の味。クラスの子の傷ついた顔いいわぁ。仮面を付けてないあたしなんか死ねよ。あたしだけで十分でしょ。いい子ちゃんは1人でいいの。だからあたしの中から早く消えなよ。』
これを読んだ時、うまく言葉にはできないけれどとにかくショックを受けました。
それから私は『仮面を付けた私』も私自身も嫌いになって、もう消えてしまえばいいんだと自殺をしようと決めました。
部屋の中は嫌だったので、遺書を書いてから夜中にカッターを持ち、家を抜け出し、近くの空き地で何度も何度もカッターをお腹に突き立てました。
なのに血が少し出るだけで死ねないのです。
仕方なく、私は首を持っていたイヤホンで絞めました。
息ができなくなり、やっと死ねると思ったのに、意識が遠のくことはありませんでした。
鼻の奥がツンとなりました。
こんなに頑張っているのに、どうして死ねないのか。
痛くて、苦しくて、悲しくて。
生きていたって仕方ないのに。
早く消えないと私も仮面の私もどうしようもなくなるのに。
でも死ねない。
どうしたらいいの?
それから私は行く場所に困り、暫く空き地から家に近い公園まで移動して泣き続けました。
そして、家に帰りたいと思いました。
家に帰って、初めてお母さんに、『しんどい。疲れた。学校に行きたくない。』とだけでしたが、伝えました。
お母さんはそれを聞くと『とりあえず今すぐ退学っていうのはどうかと思うから休学したら?』と言ってくれました。
それから休学を暫くしていましたが、結局私は通信制の高校へ編入することに決めました。
何故なら、怖くなったのです。
私はそれまでの高校生活もほとんど覚えていません。
それはつまり、仮面の私が出てきていたということです。
どんな顔をしていたのかわからない。
何を話していたのかわからない。
怖い。
そうです。
逃げたのです。
でも、逃げた先に何かあるかもしれない。
そんなことを思っていました。
しかし。
編入をきっかけに始めたバイト先でも私は『仮面の私』だったようです。
どんな店長だったのか。
どんなバイトさんがいたのか。
さすがにどんな仕事だったのかは覚えていますが、上記の二つはあまり覚えていません。
結局逃げた先でも私は変われないんだと半ば諦めていました。
そんな中、私が中学3年の時に、お母さんと離婚したお父さんから連絡がありました。
『家を売るから引っ越して欲しい。』と。
家というのは10年ほど前に両親が建てた一軒家です。
離婚後、話し合いの結果、家はお父さんの名義になり、私達は光熱費等を払うという条件で家を借りて、お母さん、お姉ちゃん、私、愛犬と共に住んでいました。
お父さんは離婚してから人格が変わってしまったようで、けっこう身勝手なことを言ってきましたが、名義が名義なので、逆らうことができず、私達は引っ越すことにしました。
今までと同じように暮らしたかったのですが、条件に合う家がなく、お母さんは愛犬を連れて実家に帰り、私はお姉ちゃんと住んでいた家の近くのアパートで二人暮らしをすることになりました。
私は家族に本音を隠し始めてから自分のことをあまり話さなかったのですが、お母さんと離れ、お姉ちゃんと近づいたことで、今まで築き上げていた2人との距離感が掴めなくなり、今まで以上に話さなくなりました。

ある日のことでした。
お姉ちゃんとちょっとした口論を繰り広げていた時、だんだん胸の中がグルグルと回り始めて、気がつくと泣いていました。
何を泣いているんだと尋ねてくるお姉ちゃんに
泣きながら『わかんないよ!』と叫んでいました。
わからない、わからないと言い続ける私にお姉ちゃんは『あんたは自分のこと話してくんないから私もあんたのことがわかんない!思ってることちゃんと伝えてよ!』と泣きながら言ってくれました。
それから私は少しずつポツポツと話し始めました。
仮面の私のことも。
私自身どう思っていたのかも。
話し始めているうちにだんだんわかってきたのです。
本当の私とはどんな人なのか。
何がしたいのか。
なにがしたかったのか。
この先どうしたいのか。

その、この先どうしたいのか、というのはそれからしばらくしてお母さんにも伝えました。
電話なのに、対面している気がして怖かったです。
声は震えていて、涙も出てきて、心臓はバクバクとうるさくて。

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