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わしがついとる!

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名前:ガブリ 投稿日:2015-09-22

俺の爺さんは高校一年生の時に亡くなった。小学生の時は温泉に2人だけで行ったり、雑木林でカブトムシ採り、2人だけの秘密が沢山あった。俺が小一から続けてた剣道を応援してくれて、高校に入っても近場なら婆ちゃんと応援に来てくれた。


高校の剣道部に入ってから、俺は剣道に対する情熱と自信を失いかけていた。自分の不器用な部分と鈍さから先輩から怒鳴られて、試合でも勝てない日々が続いてやるせない思いが心を支配していた。いつの間にか、家族や友達を始めた、爺さんにも冷たく当たってた。
学校でもいじめに近いような形になって、孤立していた。

九州に雪が降った二月の中旬、爺さんが結構大きい病院に入院した。部活が終わって爺さんの見舞いに行った。あぁ、こんなにガッチリした腕だったんだって眠っている爺さんを見て改めて思った。
悔しかった、爺さんの代わりに俺が爺さんの身体の中の病気を取り出してやりたかった。でも、俺には何も出来なかった。何も出来ないことが心に重くのしかかってまた辛くなった。


そして、2週間もしないうちに爺さんは逝ってしまった。82歳だった。最期まで看取って、信じられなかった。数年前の思い出が心を次々に蘇った。笑った爺さん、怒った爺さん、こっそり1人病室で泣いている爺さん、それらを思い出すと嗚咽を止めることが出来なかった。

葬式で爺さんに別れの言葉を書いた。率直な気持ちを書いたつもりだ。立ち上がって仏壇まで歩くと、土下座した。
「冷たい最低な孫でごめん。爺さんにいろんなこと当り散らしてごめん。爺さんが辛いはずなのに、何も分かってあげられなくてごめん。」

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何度も何度も謝った。頭をこすりつけて土下座した。床に大粒の涙をこぼした。


爺さんがいなくなって、心に大きな穴がぽっかりと空いた。爺さんの葬式を終えて高校に行っても何にもやる気が起きなかった。その時は自分を支えてくれてた大切な人が目の前から去っていったのもあって、俺の心は壊れかけていた。毎日どうやって死のうか、考えていた。
高2になったら、部活をやめて毒でも飲んで死のうとも決めていた。


高2になる前に爺さんが使っていた軽トラを他の人に譲ることになって、俺がそれを引き受けた。ドアを開けてトラックの中に何も残ってないか確認した。


買い手の人が俺の名前を呼ぶ。何かまだ残ってたらしい。話によるとサンバイザーの部分に挟まっていたらしい。それは1枚の古い写真だった。俺が小学一年生の入学式の朝に爺さんと撮影した写真だった。


「○○君の小学生の時の写真だね。すごく2人ともいい笑顔だ。」

買い手の人はそう言ってくれた。こんな写真俺は見たことなかったから、ただ相槌を打つことしかできなかった。

軽トラが引き取られたあとに、写真をもう一度見た。まだ背丈が小さくて大きなランドセルをしょって笑顔をカメラにむける俺と爺さんだった。写真を地面に落とした時に、裏に何か書かれているのを見つけた。ゆっくりと読み上げ終わった時に膝から崩れ落ちて、ただ泣いた。


『おい、○○!元気か?これを見てるってことはお前は今ものすごく苦しんでると思う。安心しろ、わしがついとる。お前に襲いかかる不幸は俺が全部なんとかしてやる。悲しい時は顔を上げろ!何があっても堂々と!絶対に負けるな!』


爺さんのおかげで、希望を取り戻した俺は部活を辞めることを撤回し、3年の7月末の大会を機に11年した剣道を完全に引退。誰もがなれないようなスーパー看護師にもなるって爺さんの仏壇に毎日言ってる。

爺さん、元気か?
俺はあんたのおかげで今がある。感謝しかない。応援してくれた剣道もようやく終わったよ。ありがとう。


俺は夢を叶えるために頑張るから、空の上からゆっくり見守ってて欲しい。


俺が天寿を全うした時は、優しく出迎えてね。あの時の満面の笑みで。

わしがついとる! 現在 229pt 泣けた

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