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こんな顔してますよ

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名前:羅麦 菜椰 投稿日:2015-09-05

私の父は 全盲だった。

おまけに、若い頃に交通事故にあい、補聴器を付けないとほとんど音も拾えず、右足も左足より15センチ短い。
遠目から見ても 障害者 だった。

母も生まれ持っての弱視だった。
お互いの親戚とも絶縁状態。
おまけに私はひとりっ子。
誰にも相談出来ず、1人悶々とした日々を送ってた。

私の親は 普通とは違う…

物心付いた時から、好奇な目とはどんな目か私は知っていた。
だって、ずっとその目に晒されて育ったから。

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父は、身体障害者でありながら、外出がとても好きだった。
どこでも、少し見える母を介助に、私を連れて3人でよく出掛けた。

おまけに馬好き。
競馬場にもよく連れて行かれたな。
当時、幼かった私は、大きな公園がある所としか認識してなかったけどね。

3歳位の時は、よく 父に肩車してもらってたのを覚えてる。
外出先で、足が痛い~ と甘えると、父は必ず肩車してくれた。
それが私は大好きだった。

でも、いつしか私は、父と外出するのが恥ずかしくなった。

だって、すれ違う人皆、父を好奇の目で見て来るから…
私はそれに、だんだん耐えられなくなり、父と母と距離を取って歩くようになった。

見えない父が、私が迷子になってないか、頻繁に大声で名前を呼ぶ。
見えないから、大声で呼ぶしかないのだ。
その度、恥ずかしさで いっぱいになる。
私は極力離れて歩いてるのに、その名前を呼ぶ声で娘だとバレるから…

そんな思いのまま、時が過ぎ、小5の時に、父がくも膜下出血で帰らぬ人となった。

父のお葬式の日、私にはこんなに親戚がいたのか…という位、人が来た。
そう、父は9人兄弟だったのだ。
全く交流が無かったので、全く知らなかった。

幼かった私は、結局、父と外出するのがイヤという思いの中、父は突然 この世を去った。

私も成長して、後になって色々話を聞くコトになる。
父が私をどれほど愛してくれていたのかを。

私が生まれた時、とても喜んでいたと。
自分に似ているか?と、周りに聞いていたと。
ぺちゃっ鼻がソックリよと言われると、嬉しそうに笑っていたと。

とても可愛がって育ててくれた。
父の愛情は、幼い私にもわかるくらいだった。

それでも、私は父と歩くのが恥ずかしかった。

大人になって、本当に思う。

どうして、隣に並んで歩かなかったんだろう。
大好きな父だったのに。
父も気付いていただろうに。
私が離れて歩いているコトに。

なんで、そんな残酷なコト してしまったんだろう。
涙が止まらない。

お父さん。
どうして あんなに早くに死んでしまったの?
今生きていたら、私が介助して、どこでも連れて行ってあげたのに。
大好きな競馬も一緒に行って、一緒に予想したりしたのに…

本当にごめんね。
並んで歩かなくなった娘で。

もっと、お父さんと並んで歩きたかった。
色んな所に行きたかった。
車も運転出来るようになったから、遠出もしたかった。

あの時の私は、何もわかってなかった。
恥ずかしいと思って、本当に ごめんね。

お父さん、天国で 私の顔、見えてますか?

あなたに似て、美人と言われるくらいになりましたよ。
私は、こんな顔 してるんですよ。

こんな顔してますよ 現在 40pt 泣けた

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