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特攻隊員の少年の話

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名前:アルバム 投稿日:2013-05-08

俺は今、介護福祉士として働いてる。
今度妹が鹿児島に修学旅行に行くらしくて職場でその話をしてたら利用者さんの一人が「鹿児島か…」って、暗く呟いた。

その人は男の人でもう80歳超えているような人だ。
でもまだ元気でよく話すし、よく食べるしいつも明るかった。
だからそんなに暗くなったのが不思議でなにがあったのか聞いてみた。

その利用者さん(以下Aさん)から聞いた話を投稿しようと思う。

当時は戦争の真っ只中だったらしい。
Aさんは三人兄弟の長男として生まれたらしい。
下に妹が二人いたそうだ。
小さい頃に父親が死んでしまい、女手一つで母親が育ててくれたらしい。
しかし、生活は苦しかったらしい

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戦争も終わりに近づいた頃鹿児島の知覧で特攻隊の活動が始まった。
特攻隊は爆弾を積んだ飛行機で敵の艦隊に突っ込むというものだ。今で言う自爆テロみたいなもの。

当時15歳だったAさんは特攻隊に志願した。
死亡手当のようなものが支給されるらしく、それで母親や妹たちが幸せに暮らしていけるなら自分が死のうと考えたんだそうだ。
15歳の少年がだぞ?

だが、Aさんが特攻隊員として出撃する前に戦争が終わってしまった。

家に帰ると母親はAさんを残して死んでしまっていたらしい。
命を懸けて守ろうとした人が死んでしまった。Aさんの悲しみは想像もできない。

特攻隊員として死んでいった人は「軍神」と呼ばれるらしいが、生き残ってしまったAさんは近所の人から「軍神のなりそこない」やら「死ぬのが怖くて逃げ出してきた」やら散々な言われようだったらしい。

Aさんは耐えられず母親の後を追って死のうとした。
しかし、まだ幼い妹が二人残されている。
思い留まって、妹を立派に育てようと決めたらしい。
そうすれば母親も浮かばれるだろうと

Aさんと二人の妹はそれから兄弟三人で力を合わせて生きていき、妹は二人共嫁に行き、Aさんも結婚して幸せに暮らしている。


俺はこの話を聞いて、勤務中だというのに涙が止まらなかった。
家に帰ってから妹に話すと妹も号泣していた。

今、俺の妹がちょうど15歳だ。
妹を見ていて思うんだが、たった15歳の少年が家族のために死ぬなどと考えられるだろうか

毎日食べるものや、寝るところに困らず、いつ爆弾が落とされるかという不安にも晒されず…

幸せだと思わなければならないと思う。

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