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白髪の車掌さん

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名前:ふじおか 投稿日:2012-04-28

『ほんならな。』

その老車掌は最後にそう言葉を残し、車椅子の彼の列車を後にした。





オレが通学に利用している、
県すらまたがない程度の小さな小さな私鉄、『山陽電鉄』。
利用者こそそれなりにはいるものの、車両もボロく駅も小さい。
すぐ側を通るJRに敵うはずもなく、ほそぼそと地元の人の交通手段のひとつになるに過ぎなかった。


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通学の足にその電車を利用しているオレは、今日のように夕方頃にその電車で帰っていると、普段から見知ったひとりの青年を見かける。
年齢は20を過ぎたあたりだろうか。
彼には重度の障害があった。
脳の障害を初め全身の末梢神経が麻痺し、歩くことも手をスムーズに動かすことも、喋ることさえできないよう。
それでもいつも、電動車椅子にのって終点の駅から終点の駅へと、どこかへ通うためにこの電車を利用していた。
通う理由が何なのかはオレは知らない。

でもひとつ言えるのは、車椅子で通うには多くの苦労と人の手がかかってるであろうというくらいか。



そしていつもその彼を助ける、ひとりの車掌の姿があった。
60前後の、背の小さな白髪の車掌さん。
オレが見る限り、彼が勤務している時はほとんど彼に会いに行っているんじゃないだろうか。
オレが今まで見た限り、彼の世話をしてあげるのはたいていはその白髪の車掌さんだった。
車掌の仕事は、段差のあるホームから車両へと、板を架けて乗車できるようにするというもの。
恐らく利用者へのボランティアだろう。
しかしその車掌さんは、他の無愛想な車掌と違いいつも彼に親しく話しかけ、乗り換え駅のホームに早くからその板を持って彼が乗る列車を待っていた。


今日もいつもの通り。
オレは彼と同じ車両に乗り合わせ、乗り換えに降りる彼を迎える例の車掌の姿も。
明るく話しかける老車掌と、喋れないがためにワープロ形式の合成音声に頼る彼とのテンポの遅い会話。
指も麻痺しているため、伸ばした人差し指でおぼつかない様子で簡単な言葉を打ち込む彼の姿も、オレとしても変わらない光景だったろうし、彼にとってもそうだっただろう。
しかし老車掌が雑談の後に切り出した話は、いつもの雰囲気とは大きく違うものだった。


『わし、もうここ辞めるんやわ。
多分会えるのも、今日で最後やと思う』

あまり変化させることのできない彼の表情も、気持ち曇ったように感じた。
定年退職だろうか。電鉄業界にどのような規則があるのかはわからないが、その車掌は確かに辞める旨を伝えた。
彼は文字を打つのすら忘れて、固まっていた。
発せられた言葉を、未だに信じられないとでも言うかのように。

老車掌は話し続けた。
わしがおらんで大丈夫かだの寂しいかだの、皮肉で、
『わしがおらんくなってせいせいするか、ははは。』
と笑ってみせたりもした。
なのに彼は何も言わない。
下を向いて固まっていた。


しばらく話し続けると、老車掌は左腕の腕時計を一瞥した。発車時刻が近いのだろう。
『ほんならな。元気でやれよ』
そう言って、下を向いたままの彼を車内に残し、ドアの外へ向かおうと足を踏み出した。

すると車掌の腕に何かが触れた。
それは、ぎこちない、彼の手だった。
話せない彼の、精一杯の意思表示。

ちょっと待って、と。


振り向いた車掌を確認した彼は、その右手でおぼつかなくキーボードを叩いた。


たった五文字。

『 あ り が と う 』と。


そのたった五文字に、口べたな彼の想い全てがつぎ込まれていた気がした。

車掌は振り返り、涙が混じりつつも、今日一番の笑顔をしてみせた。


そして出発のブザーが鳴り響く。



車掌はドアの外のホームに出る。


車掌は最後に、
彼に笑顔で敬礼をしてみせた。

それに答えるように、上手く伸ばせず曲がりきった五本の指で、彼も目一杯の敬礼をする。


老車掌は、ドアが閉まり列車が動き出してもなお、ホームで敬礼を続けた。



そして彼もなお、瞳から大粒の涙をこぼし、いつまでも敬礼を続けていた。

白髪の車掌さん 現在 80pt 泣けた

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