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僕を支えた母の言葉

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名前:人 投稿日:2010-01-02

僕が3歳の時 父が亡くなり
その後は母が 女手ひとつで 僕を育ててくれた

仕事から帰ってきた母は 疲れた顔を見せずに 晩ごはんをつくり
晩ごはんを食べた後は 内職をした
毎晩遅くまでやっていた

母が頑張ってくれていることは よくわかったいた
だけど僕には不満もいっぱいあった

僕が学校から帰ってきても 家には誰もいない
夜は夜で母は遅くまで内職
そんなに働いているのに わが家は裕福じゃなかった

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遊園地にも 連れて行ってもらえない
ゲームセンターで遊ぶだけの 小遣いももらえない
テレビが壊れた時も 半年間買ってもらえなかった

僕はいつしか 母にきつく当たるようになった

「おい」とか 「うるせー」とか なまいきな言葉を吐いた
「ばばあ」と 呼んだこともあった

それでも母は こんな僕のために 頑張って働いてくれた

そして 僕にはいつもやさしかった

小学校6年のとき はじめて運動会に来てくれた
運動神経が鈍い僕は かけっこでビリだった
悔しかった

家に帰ってきて母はこう言った

「かけっこの順番なんて気にしなくていい おまえは素晴らしいんだから」

だけど僕の悔しさは ちっともおさまらなかった

僕は学校の勉強も苦手だった
成績も最悪
自分でも劣等感を感じていた

だけど母は 
テストの点や通知表を見るたびに やっぱりこう言った

「大丈夫 おまえは素晴らしいんだから」

僕には なんの説得力も 感じられなかった

母に食ってかかったこともあった
「何が素晴らしいんだよ!? どうせ俺はダメな人間だよ」

それでも母は 自信満々の笑顔で言った

「いつかわかる時が来るよ おまえは素晴らしいんだから」

僕は中学2年生になったころから
仲間たちとタバコを吸うようになった
万引きもした
他の学校の生徒とケンカもした

母は何度も学校や警察に 呼び出された
いつも頭を下げて
「ご迷惑をかけて申し訳ありません」 とあやまっていた

ある日のこと 僕は校内で ちょっとした事件を起こした
母は仕事を抜けて 学校にやって来て いつものようにあやまった

教頭先生が言った
「お子さんがこんなに”悪い子”になったのは ご家庭にも原因 があるのではないでしょうか」

その瞬間 母の表情が変わった

母は 明らかに怒った眼で 教頭先生をにらみつけ きっぱりと言った

「この子は悪い子ではありません」

その迫力に驚いた教頭先生は 言葉を失った

母は続けた

「この子のやったことは間違っています
 親の私にも責任があります
 ですがこの子は
 悪い子ではありません」

僕は 思いきりビンタをくらったような そんな衝撃を受けた
僕は わいてくる涙を抑えるのに 必死だった

母は こんな僕のことを
本当に素晴らしい人間だと思っていてくれていたんだ・・・
あとで隠れて ひとりで泣いた

翌日から僕はタバコをやめた
万引きもやめた
仲間たちからも抜けた

その後
中学校を卒業した僕は高校に入ったが 肌が合わなくて中退した
そして仕事に就いた
そのときも母はこう言ってくれた

僕を支えた母の言葉 現在 382pt 泣けた

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