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貴方を知りたかった

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名前:漣 投稿日:2009-09-25

投稿日:2009/02/09 投稿者:漣

私が中学3年の頃、大叔母が亡くなった。
その日、私は学校で
怪我をして早退
病院で手当てを受け、
帰宅し少し休もうと布団に潜り込んだときだった。
電話が鳴り、母親の顔が真っ青になった。
母はただ「嘘…」と
繰り返すだけだった。
電話を切って、静かに私に呟いた。
「和子おばちゃんが死んだ。」
何故か状況が理解
できなくなって

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私はただ「へっ…?」と
しか言葉が発せなかった。
布団に潜り込むと
急に涙が溢れだして
布団の中で声をあげて泣いた。
私の側に来た母と声をあげて泣いた。
母親はただ「可哀相になぁ…」と
かすれた声で何度も繰り返した。
怪我の痛みなんて
これっぽっちも感じなかった。

次の日は
学校を休んで
大叔母のもとへ
母親と二人で向かった。
行きの電車の中では
全く実感がなく、
いつものように
大叔母のところへ
遊びに行くような気持ちだった。
ただいつもと違うのは
この日向かった先は
葬儀会館だと言うこと。
会場についても
未だ実感は湧かない
ままだった。
棺の前で大叔母の娘が
声をあげて泣いているのが目に入った。
そっと棺を覗くと
静かに眠っている大叔母の姿があった。
その瞬間、涙が溢れてまた声をあげて泣いた。
お通夜が無事に終わり、
部屋で親戚と話しをしてしばらく過ごした。
すると、大叔母の娘が
明日の葬儀で私に
手紙を読んでほしいと
言った。
私の他に3人の孫がいるが、女の子は私だけで
とても可愛がっていたからだと…。
私と大叔母は直接の
血縁関係はない、
それなのに私に最後の
言葉を托した。
自分の母が亡くなって
血縁関係のない
初対面の私に弔示を任せるなんて心が締め付けられる思いだった。
翌日、原稿も何も
ないまま私たちは壇上に上がった。
3人の従兄弟たちが
一言ずつ別れの言葉を
言うなか、私は頭が
真っ白になっていた。
私の番になり、マイクを
手にしたが、嗚咽のせいでまともに話せなかった。

「和子おばちゃん。今までご苦労様。おばちゃんはお日様みたいな人でいつも皆の憧れでした。こんなに早く別れが来るなんて思ってなかったよ。
もっと、おばちゃんの作る卵焼き食べたかったよ。でも、これからは自分のことだけを考える時間やから、ゆっくり休んで下さい。」

多分こんな感じ
だったと思う。
会場から聞こえる
涙をすする声や
目の前にある遺影が
頭から離れなくて
まともに前が
見れなかった。
出棺のときは
あっけなく過ぎ、
大好きだった大叔母は
小さなかけらになってしまった。
大叔母が旅立ってから
初めて知ることが
たくさんあった。
貴方には暖かい
家族があったこと、
貴方は和子ではなく
一子だったこと、
貴方が私たち親子の為に
100万もの大金を遺していたこと。
もっともっと、
貴方を知りたかった。
私たちにはまだまだ
貴方が必要だった。
最後の言葉のとき、
私だけが貴方のことを
おばちゃんと

貴方を知りたかった 現在 103pt 泣けた

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