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父はバンドマン

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名前:ニシ 投稿日:2009-09-25

投稿日:2008/09/22 投稿者:ニシ

僕の父は、僕が中学生のときに亡くなりました。
原因は過労死でした。
父はバンドマンで、プロになる夢を捨てきれず、仕事をしながらライブのツアーを周ったりしていて、ハードなスケジュールをこなしていました。
無理がたたり、体も限界を迎えていたのだと思います。

僕が小さな頃から親父はバンドばっかで、そんなバンドにそっちのけで家族との交流を乏しくしていた父を、母は感心せず、僕が小学生になったぐらいに離婚しました。
なので僕は、家庭を崩壊させ、父も亡くならせたバンドというものが大嫌いでした。


そして父が亡くなり、6年程過ぎ、僕はいまバンドでベースボーカルをやっています。
大嫌いだったバンドを初めたきっかけは、父が残した曲でした。
遺品であった父の曲が入ったMDを聴いてみて、古くさい音楽に音痴な父の声に笑ってしまいました。

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ですが、一つだけ大好きになった曲があります。
『20世紀の終わりに』 と言う曲です。
この歌の歌詞は、 「20世紀の終わりに、仲直りしよう。
20世紀の終わりにスタートするために。」 という歌詞です。
この歌は母と仲直りしたいと願う気持ちを描いた曲でした。
結局仲直りできず死んでしまいましたが、父なりに仲直りしようとしたんだなと思って嬉しかったです。
いま思えば、離婚してからも、母をライブに誘い続けていたのは、この歌を聞かしたかったんだと思います。
だから僕は、この歌をどうにか継ぎたいと思い、バンドを初めました。
ライブを重ね、実力も少しつき、新しいバンドで仲間を得て、今度、僕は父の曲「20世紀の終わりに」を僕なりにアレンジしてライブをします。
もしも、父が生きていたら、どんな顔をしたんだろうとたまに考えますが、きっと喜ぶのかなと思います。
父は父親としては最低でした。
でも、この年になり夢を追い続ける難しさを知り、同じ男として、自信を持って言えます。
夢のために命をかけた父はかっこいい男でした。 僕は父のようにプロを目指す気はありませんが、一つだけ夢があります。
僕らのバンドのCDを作り父の墓に備えることです。 だからお父さん、いつになるかわからないけど待っててね。

長文失礼いたしました。
お付き合いありがとうございました。

父はバンドマン 現在 58pt 泣けた

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